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日本の観光施設を巡る「厳島神社(広島県)」/ホームメイト
「厳島神社」(いつくしまじんじゃ:公式表記は嚴島神社)は、「日本三景」のひとつ、「安芸の宮島」(あきのみやじま)でよく知られる厳島(宮島)に建っている神社です。社殿の創建は593年頃と伝えられています。厳島神社は平家からの信仰が厚く、「平清盛」(たいらのきよもり)によって、様々な建造物群が造営されました。なお、厳島神社は1996年(平成8年)、世界文化遺産に登録されています。 厳島神社の特徴について詳しくご紹介しましょう。
海上神殿「厳島神社」の特徴

広島県廿日市市(ひろしまけんはつかいちし)にある宮島(厳島)は、日本の瀬戸内海に浮かぶ周囲約30kmの島で、宮城県の「松島」、京都府の「天橋立」(あまのはしだて)と並ぶ日本三景のひとつ、「安芸の宮島」として知られています。
この宮島に建つ厳島神社(嚴島神社)は、総延長約275mに及ぶ廻廊で結ばれた、平安時代の「寝殿造」(しんでんづくり)が際立つ社殿群です。海を敷地とし、潮の満ち引きによってその表情を変化させるという、非常に珍しい神社。潮が満ちると、海の中に大胆で独創的な木造建物が建ち並び、世界でも稀な「海上神殿」という風景を作り上げるのです。
なお、様々な説はありますが、「神を斎(いつ)き祀(まつ)る島」という意味から、古くは「伊都岐島」(いつきしま)とも記されており、「いつくしま」という社名は「いつきしま」が転じたものという説も伝えられています。また、厳島神社の祭神は、「市杵島姫命」(いちきしまひめのみこと)、「田心姫命」(たごりひめのみこと)、「湍津姫命」(たぎつひめのみこと)。3女神は「宗像三女神」(むなかたさんじょしん)として祀られています。
厳島神社へのアクセスは、JR山陽本線「宮島口駅」または広島電鉄宮島線「広電宮島口駅」からフェリーを利用する方法や、「原爆ドーム(平和公園)」(広島県広島市)と宮島を結ぶ、ひろしま世界遺産航路「アクアネット広島」を利用する方法などです。また、宮島には、長い間、コンビニがないことで知られていましたが、2023年(令和5年)6月9日、「宮島桟橋前広場」に初となるコンビニ「ローソン」が上陸。店舗は宮島の景観に合わせて、落ち着いた和風のデザインであることが話題となりました。
- 文化遺産
- 1996年(平成8年)12月登録
- 具体的な物件
- 厳島神社、厳島(宮島)
- 該当する世界遺産の登録基準
- (ⅰ)(ⅱ)(ⅳ)(ⅵ)
厳島神社の歴史
厳島神社の歴史は古く、推古天皇が即位した593年頃に、宮島を治める「佐伯鞍職」(さえきのくらもと)によって創建されたと伝えられています。宮島は、古代から島そのものが神として信仰の対象とされ、誰一人島に入ることは恐れ多いとされていました。そのため、佐伯鞍職は、潮が満ち引きする場所に社殿を建てたと言われています。
なお、社殿群が確立されたのは、平安時代末期のこと。平家全盛の頃、平清盛に尊崇された厳島神社は、平清盛の全面的な支援のもと、1168年(仁安3年)に寝殿造を模した社殿と大鳥居が建設されたのです。その後、2度の火災によって建造物群は焼失。現在の本殿は1241年(仁治2年)に再建され、1571年(元亀2年)には、「毛利元就」(もうりもとなり)により改築されました。
1996年(平成8年)、厳島神社と宮島の弥山(みせん)原始林が、「厳島神社」という名称で世界文化遺産に登録。社殿は、本殿、拝殿、回廊など6棟が国宝に、14棟が重要文化財に指定されました。その他にも、社殿には、平家が奉納した「平家納経」(へいけのうきょう)をはじめとする様々な国宝・重要文化財の工芸品が多数納められています。
平清盛によって造営された「海上神殿」の秘密
厳島神社の魅力は、「海に浮かぶ社殿群」の秘密にあります。大鳥居が倒れない理由と、自然災害から守られてきた理由について、順にご紹介しましょう。
なぜ大鳥居は倒れないのか?

厳島神社の大鳥居は、社殿から約160m離れた海上に建っています。高さは「奈良の大仏」で知られている「東大寺」(奈良県奈良市)の「盧舎那仏像」(るしゃなぶつぞう)とほぼ同じ約16.8m。主柱(しゅばしら)の根回りは10mにも及び、潮が引くとその巨大な全容が現れます。
この大鳥居の構造は、左右2本の主柱を袖柱(そでばしら)で支える「両部鳥居」(りょうぶとりい:四脚鳥居とも呼ぶ)。主柱の上には、「笠木」(かさぎ:鳥居の上に渡す横材)と「島木」(しまぎ:笠木の下、主柱の頭に乗っている長い横材)が置かれています。笠木と島木は箱状に作られており、その中に約6~7tもの玉石を詰め込むことで、石の重さを利用した鳥居自体の総重量(約60t)だけで立つように設計されているのです。
なお、大鳥居の根元は置かれているだけですが、地盤を固めるために、「千本杭」(せんぼんくい)と呼ばれるほど大量の松杭を打ち込み、安定性を高めています。大鳥居の主柱には、耐水性や防虫効果の高いクスノキ、袖柱に杉が使用。しかし、大鳥居は、風雨にさらされ、潮が満ちると海水に浸るため、およそ100年周期で交換する「根継ぎ」が行われています。
800年の間、本殿が自然災害から守られてきた理由

平清盛により造営された厳島神社ですが、およそ800年もの間、火災による焼失はあったものの、たび重なる自然災害による被害を受けたことがありません。例えば、2004年(平成16年)9月に発生した台風18号の影響によって、厳島神社では、屋根や柱が壊れるなど大きな被害を受けました。しかし、一番奥にある本殿は無事だったのです。
自然災害を受けずに済んだ秘密のひとつに、海上にせり出している「平舞台」(ひらぶたい)にあります。平舞台とは、「雅楽」(ががく:平安時代に大成したとされる日本古来の古典音楽)などが舞われる舞台のこと。社殿は5つの平舞台で囲まれているのですが、平舞台は杭に固定されておらず、大波が来たときにはいかだのように海に浮かぶようになっているのです。また、平舞台には7~8mmのすき間が開いており、このすき間から波を逃がす構造になっています。平舞台を通過した大きな波は、すき間によってその勢いを弱める仕組みです。
その他、社殿をつなぐ回廊や床も、板と板の間にすき間が開くように敷く工夫が施されています。もし、大きな波が来ても、すき間を通ることで水圧が弱まり、社殿に浮力がかかるのを防いでいるのです。
このように、厳島神社は様々な工夫と知恵によって周囲の自然と見事に調和し、その荘厳で美しい姿を今に伝えています。
平清盛が始めた神事も楽しもう
厳島神社は、「日本三大船神事」に数えられる「管弦祭」(かんげんさい)や「高舞台」(たかぶたい)で奉納される「舞楽」(ぶがく:雅楽と舞のこと)など、平清盛の時代から伝わる神事も多く存在します。
管弦祭
管弦祭は、旧暦6月17日に行われる厳島神社の神事です。平安時代、都では、貴族達が池や河川に船を浮かべ、管弦楽を奏でる「管弦の遊び」を楽しんでいました。その後、平清盛は、管弦楽の遊びを宮島に持ち込み、神事として執り行うようにします。これが管弦祭の由来です。
管弦祭では、瀬戸内海を舞台に、阿賀(あが)の漕船(こぎぶね)と江波(えば)の伝馬船(てんません)が、神輿を乗せた御座船(ごさふね)を先導して、宮島の島々と厳島神社の間を行き来します。御座船の上では、管弦が奏でられており、その様子はまさに平安絵巻を思わせ、人々を魅了するのです。
舞楽

厳島神社の高舞台で行われる舞楽は、「四天王寺」(大阪府大阪市天王寺区)、「住吉大社」(大阪府大阪市住吉区)の石舞台とともに「日本三大舞台」として知られています。
平清盛によって、「楽所」(がくしょ:雅楽を司る場所のこと)が四天王寺から宮島へ移されたことをきっかけに、宮島における舞楽は盛んになりました。現在では、本殿前の一段高い舞台で、「振鉾」(えんぶ)、「萬歳楽」(まんざいらく)、「延喜楽」(えんぎらく)、「蘭陵王」(らんりょうおう)、「納曽利」(なそり)といった数曲の雅楽で舞う舞楽が奉納されています。
厳島神社を観光する際、ぜひ、管弦祭や舞台などを鑑賞してみてはいかがでしょうか?
