
広島県廿日市市の宮島を舞台に、戦国時代に毛利元就と陶晴賢が戦ったのが厳島合戦です。 圧倒的多数の陶軍に、毛利元就が奇襲により勝利した戦いで、毛利元就の中国地方覇権への第一歩と言われています。 宮島のあちらこちらに、合戦の案内板が設置されています。
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広島県廿日市市の宮島を舞台に、戦国時代に毛利元就と陶晴賢が戦ったのが厳島合戦です。 圧倒的多数の陶軍に、毛利元就が奇襲により勝利した戦いで、毛利元就の中国地方覇権への第一歩と言われています。 宮島のあちらこちらに、合戦の案内板が設置されています。
宮島桟橋から出ると大きな案内板が目に入ります。厳島合戦跡とタイトルが記されていました。島の至る所で戦いが行われていたようで、現在の厳島神社周辺で大激戦になったそうです。島内には合戦跡を示す標識もあますが、島全体が合戦跡と言えそうです。
ゴールデンウィークに家族で厳島観光へ行ってきました。船着き場を降りて右手前の看板を見ると、厳島合戦跡の説明看板がありました。後でわかったのですが、島を歩いていたら各所に合戦跡の看板があり、島全体が合戦場であったことが分かりました。今まで、海に浮かぶ神社(世界遺産の島)だけの島と思っていましたが、毛利元就と陶晴賢の合戦場であったことを初めて知りました。この合戦は陶軍約2万の兵に対し毛利軍約3500の兵の戦いでした。また、陶軍が本陣を構えた場所に行って見たら、全体を見下ろす場所であり、島の対岸が見えかつ、海岸を見下ろしが出来たのだろう(今は住宅があるので見えにくい。)と容易に想像出来ました。戦は毛利軍が勝ったのですが、この不利な勢力と先に本陣を構えた地形から推測すると、大変な奇策であったのが伺いとれました。この合戦の勝利が毛利元就の中国地方の統一の第一歩になったと書いてました。歴史を想像して島を歩いて見ると、結構楽しい観光になりました。
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