最高
横浜中華街にある関帝廟(かんていびょう)は、関羽を祀る中国伝統の廟で、横浜を代表する観光スポットの一つです。関帝廟は、関羽という歴史的な英雄の神格化に基づき、商売繁盛や平和、学問、武勇を祈る場所として、中国や台湾をはじめ世界各地に存在しますが、横浜中華街の関帝廟もその一つで、日本における中国文化や信仰の重要な象徴となっています。
関帝廟は、中国の三国時代に活躍した将軍・関羽を祀る廟です。関羽は、劉備、張飛と共に義兄弟として「桃園の誓い」で名高い人物で、特に義理堅く誠実な性格と武勇に優れた英雄として広く知られています。彼の死後、次第に信仰の対象となり、特に商人たちからは「商売繁盛」の守護神として崇拝されるようになりました。関羽の信仰は、時代が進むにつれて武神や学問の神としても範囲が広がり、中国全土にわたり尊敬される存在となりました。
関羽を祀る廟は「関帝廟」として、中国各地に建てられ、商人や民間の信仰を集めました。特に、貿易商人の多い港町や商業都市では、商売繁盛を願う人々が集まり、関帝廟が重要な信仰の場として発展していきました。横浜中華街の関帝廟も、こうした伝統を引き継ぐもので、地元の中国系住民や観光客から親しまれています。
横浜中華街の関帝廟は、1862年に横浜が開港して外国人居留地ができ、横浜中華街が形成されていく過程で建立されました。当時、横浜に移り住んだ中国系商人たちが、自分たちの文化や信仰を持ち込んだことが、関帝廟の設立のきっかけとなりました。1871年に、横浜中華街の中心に関羽を祀る祠が建てられ、これが現在の関帝廟の始まりです。以降、何度かの増築や改修を経て、現在の立派な関帝廟の姿へと発展しました。
特に1923年の関東大震災や1945年の横浜大空襲で建物が大きな被害を受け、その都度復興が行われました。現存する関帝廟は、1986年に大規模な再建が行われたもので、伝統的な中国建築の様式を忠実に再現しています。この復興にあたっては、台湾や中国本土からの支援があり、文化的な絆が深まったことが伺えます。
横浜関帝廟は、非常に華やかで精緻な中国伝統建築の代表例です。特に、五色を基調とした壮麗な装飾や彫刻が目を引きます。屋根は中国伝統の曲線を描いた「歇山式」という様式で、黄金の龍や鳳凰があしらわれています。龍は力や繁栄を象徴し、関帝廟の守護神的存在とされています。






