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「神宿る島」宗像(むなかた)・「沖ノ島と関連遺産群」

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2017年(平成29年)7月9日、「神宿る島」宗像(むなかた)・「沖ノ島と関連遺産群」が世界遺産として登録されました。この世界遺産には「神宿る島」の名の通り、神秘的な島と海の神々、信仰を守った人々、それにまつわる歴史的遺産があります。

「神宿る島」宗像(むなかた)・「沖ノ島と関連遺産群」とは

古代海の道の三女神

新原・奴山古墳群

「神宿る島」宗像(むなかた)・「沖ノ島と関連遺産群」とは

2017年(平成29年)7月9日、ポーランドのクラクフで開催されている第41回ユネスコ世界遺産委員会において、日本政府が世界遺産に推薦していた「神宿る島」宗像・「沖ノ島と関連遺産群」の構成資産全8件が世界遺産一覧表に記載されることが決定されました。これは日本の21件目となる世界遺産です。

「神宿る島」宗像・「沖ノ島と関連遺産群」が、古代祭祀の記録を保存する類いまれな収蔵庫であること、信仰の価値が認められた結果、世界文化遺産として登録されることとなりました。

沖ノ島の地理

沖ノ島は、福岡県の北部にある宗像地区に属します。山口県、対馬、壱岐、福岡に囲まれた本土から約60km離れた玄界灘にぽつんと存在する孤島。

北は韓国の釜山からも近い位置です。なお、沖ノ島と同じく構成資産を有する大島は本土から約11km沖にあります。

世界遺産に認定された8資産

世界遺産として認定されたのは、以下の8資産です。それぞれ3つのエリアに分布しています。

  • 沖ノ島
    沖ノ島(宗像大社沖津宮)と周辺3岩礁(小屋島、御門柱、天狗岩)
  • 大島
    宗像大社中津宮、宗像大社沖津宮遥拝所
  • 本土
    宗像大社辺津宮、新原・奴山古墳群

「海の正倉院」沖ノ島

沖ノ島は、玄界灘に浮かぶ周囲4km程の孤島です。世界遺産の登録に至るには、この島が「海の正倉院」と呼ばれることがその理由のひとつになっています。宗像地区の「宗像」は、古代の豪族である宗像(胸形)氏に由来します。沖ノ島は、宗像(胸形)氏が信仰の対象としていました。

日本の古来の文化は、朝鮮や大陸文化の影響を大きく受けています。沖ノ島周辺は大陸に近い位置にあり、朝鮮半島などと交易があったと考えられているのです。沖ノ島の祭祀に用いられた奉納品には、朝鮮、中国、ササン朝ペルシアの製品が発見されています。

これらは宗像(胸形)氏の篤い信仰と優れた航海技術によってもたらされた賜物です。沖ノ島の文化財は、1,500年以上もの間保護されてきました。それには、沖ノ島が「神宿る島」であることが深くかかわっています。

古代海の道の三女神

「神宿る島」宗像・「沖ノ島と関連遺産群」に登場する「神」は、宗像大社に祀られた三女神です。

三女神は、田心姫神(たごりひめのかみ、沖ノ島の沖津宮(おきつみや)に祀られる)、湍津姫神(たぎつひめのかみ、大島の中津宮(なかつみや)に祀られる)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ、本土の辺津宮(へつみや)に祀られる)の三柱。

姉弟喧嘩によって生まれた三女神

この三女神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の姉弟喧嘩によって生まれました。

天照大神は、三重県の伊勢神宮に祀られている日本の神様のなかでもっとも尊いとされる女神。素戔嗚尊は天照大神の弟で、ヤマタノオロチを退治した神様として有名です。

あるとき、この姉弟はいさかいの仲直りのために曲玉と剣を交換することにしました。天照大神が素戔嗚尊(すさのお)の十握劒(とつかのつるぎ)を貰い受け、三つ折りにして井戸の水を注ぎ、噛んで息を吹きかけると三女神が生まれたのです。

道の神、三女神

三女神は、それぞれ沖津宮、中津宮、辺津宮へと降り立ちました。その三大社を総称して「宗像大社」と言います。この三女神たちは、天照大神より海路に降り天皇を助けると共に厚い祭祀を受けるようにという神勅(しんちょく:神の命令)を受けたと言われているのです。

その神勅は、日本書紀に「汝三神 宜しく道中に降居して天孫を助け奉り天孫に祭かれよ」と記されており、神勅は沖津宮、中津宮、辺津宮それぞれの拝殿に掲げられています。

沖津宮、中津宮、辺津宮を一直線に結んだ先は朝鮮半島の釜山港周辺です。当時の海路として非常に重要であったこの一本道「海北道」を守る三女神は厚い信仰を受け、日本書紀の中では「道主貴(みちぬしのむち)」とされ「貴(むち)」という神の最高の尊称を受けています。

この「貴」という称号を受けた神は、他に伊勢神宮の大日靈貴(おおひるめのむち:天照大神)と素戔嗚尊の娘婿であり、因幡の素兎で有名な出雲大社の大己貴(おおなむち:大国主命)だけ。

そのことから、三女神は1,000年の時を超えて「道の神」として信仰されています。かつては海を行き来する船人が航海の安全を祈願した三女神。鉄道が敷かれるとその関係者が、自動車が普及すると安全運転のため参拝するようになりました。

沖ノ島の禁忌

なぜ、沖ノ島では古来の文化財が守られてきたのか。その理由は沖ノ島が「神宿る島」という特別な存在であるからです。

沖ノ島は、玄界灘に浮かぶ孤島で島全体が境内かつ、その物が御神体であり、皇室・国家安泰の祈りが捧げられています。住人はおらず、神職がひとり、10日交代で奉仕しています。

また、島全体が宗像大社の私有地であるため無断で立ち入ることができません。

沖ノ島の特殊性はそれだけではなく、いくつかの「禁忌」があることです。代表的な物には、「不言様」、「女人禁制」、「上陸時の海中での禊」、「一木一草一石たりとも持ち出すことは禁ずる」という掟があります。

  • 不言様(おいわずさま)
    沖ノ島で見聞きしたことは一切口外してはならない。沖ノ島の別名でもある。
  • 女人禁制
    女性は立ち入ることができない。
  • 上陸時の海中での禊
    奉祀を行なう神職であっても、必ず島に上がる前には衣類を全て脱いで海水で心身を清めなければならない。
  • 一木一草一石たりとも持ち出すことは禁ずる
    沖ノ島からは、一切の物を持ち出してはならない。この掟が特に文化財の保護につながりました。

宗像大社沖津宮 公式サイト
http://www.munakata-taisha.or.jp/html/sangu_syosai.html

新原・奴山古墳群

本土にある「新原・奴山古墳群(しんばる・ぬやまこふんぐん)」は、沖ノ島の信仰を担った豪族・宗像(胸形)氏にゆかりのある古墳群です。新原・奴山古墳群は、辺津宮の南西に位置します。

古来、古墳は権力者の墓として造られました。新原・奴山古墳群には前方後円墳5基、円墳35基、方墳1基の計41基が現存しています。宗像(胸形)氏がいかに筑紫(古代の北九州)の地に栄華を極めた豪族であった象徴です。

古墳群の近くには、「何事にも打ち勝つ開運の神」として信仰される「息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)」を祀った「宮地嶽神社(みやじだけじんじゃ)」があります。

息長足比売命は「神功皇后(じんぐうこうごう)」のことで、日本一の大注連縄、大太鼓、大鈴があることでも有名です。

このように「神宿る島」宗像・「沖ノ島と関連遺産群」には、神々と古来日本文化を随所に感じることができます。

日本人は、古来より自然と結びついた信仰を持ち、それらは各地で受け継がれています。これは世界三大宗教である、キリスト教、イスラム教、仏教の神のありかたとは大きく異なる日本独自の文化です。

「神宿る島」宗像・「沖ノ島と関連遺産群」は、日本書紀によって語り継がれる神話の世界の信仰と、日本に影響を与えた古来の外交や歴史的文化財が信仰によって守られた、他に存在し得ない唯一無二の文化遺産と言えます。