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小笠原諸島(東京都)

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2011年(平成23年)、ユネスコ世界遺産に「小笠原諸島(おがさわらしょとう)」が日本で4件目となる自然遺産として登録されました。ここでは、小笠原諸島について詳しくご紹介致します。

小笠原諸島とは

小笠原諸島と呼ばれる島々の内訳

小笠原諸島の発見

小笠原諸島の独自文化

小笠原諸島の生物

小笠原諸島とは

「小笠原諸島」とは、東京都特別区に該当する島々のことで、東京から南方へ約1,000km離れた太平洋上に位置しています。

東京都の一部としての小笠原諸島は、島の数が30余、総面積が約104km²とされていますが、世界遺産「小笠原諸島」に登録された範囲は総面積が79.39km²、構成資産に挙げられている島々、及び岩礁などは21です。

小笠原諸島の中心とも言える父島(ちちじま)と母島(ははじま)のふたつには、住民が暮らしています。そして、硫黄島(いおうとう)と南鳥島(みなみとりしま)には自衛隊や国土交通省の職員などが常駐していますが、他の島々は無人島です。

小笠原諸島の気候

小笠原諸島
小笠原諸島

東京から南へ約1,000km離れた場所にある小笠原諸島は、「南日本気候」と呼ばれる気候区分が用いられています。この「南日本気候」に含まれる地域は、小笠原諸島の他に九州の奄美地方(悪石島、宝島や奄美群島などの島々)、沖縄県などがあります。

歌舞伎パンダ

住人がいる父島、母島のあたりは温帯であり、南方にある火山列島や南鳥島などは熱帯とされています。年間を通じて気温が高く、冬になってもあまり寒くならない特徴がある他、梅雨はほとんどありません。ただし、春から初冬にかけて台風の影響を受けやすい特徴があります。

小笠原村観光協会 公式サイト
http://www.ogasawaramura.com/

小笠原村観光局 公式サイト
http://www.visitogasawara.com/

小笠原諸島と呼ばれる島々の内訳

一般的に「小笠原諸島」と呼ばれる島々は、次のようなものです。ここでは、東京都の一部としての「小笠原諸島」を網羅してご紹介致します。多くの島に家族の呼称が使われているのが特徴です。

父島列島

父島列島
父島列島

父島、兄島(あにじま)、弟島(おとうとじま)を中心とした、周辺の小さな島々を総称して「父島列島」と呼んでいます。

父島列島に属する島々と周囲の岩礁はいずれも世界遺産の構成資産に数えられており、海域も構成資産として扱われています。なお、父島を除き他の島はすべて無人島です。

小笠原諸島で最大の島である父島の面積は23.8km²、そこに約2,000人が暮らしています。小笠原村役場は、父島に置かれており、小笠原諸島全体の中心地として機能しています。

母島列島

母島、姉島(あねじま)、妹島(いもうとじま)、姪島(めいじま)を含む、周辺の小さな島々を総称して「母島列島」と呼んでいます。

この列島で最も大きいのが母島で、20.21km²の面積に人口約450人が暮らしています。父島列島と同じように全域が世界遺産の構成資産として登録されています。

母島は、父島から南へ約50km離れており、約2時間をかけて移動する定期船が運行しています。

母島列島
母島列島

聟島列島

嫁島
嫁島

聟島(むこじま)、嫁島(よめじま)を中心とした、小さな島々を総称して「聟島列島(むこじまれっとう)と呼んでいます。

これらの島々、及び岩礁、海域も世界遺産の構成資産に挙げられています。小笠原諸島の中では最も北側に位置する列島ですが、すべての島が無人島になっています。

最も大きな聟島でも面積は2.57km²しかありません。過去には25人程度の集落があったと記録に残されていますが、戦時中に引き上げられ、無人島化してしまいました。

なお、父島から聟島までは海路で約2時間かかるとされています

西之島

海底火山の噴火によって誕生した島が西之島(にしのしま)で、継続している噴火活動によって陸地が形成され続けています。

西之島は父島の西方向、約130kmに位置する島で、初めての噴火は1973年(昭和48年)でした。

その後、2013年(平成25年)に西之島の付近で噴火し、新たに陸地が出現するなど、9年以上に渡って噴火活動が見られていました。

西之島
西之島

2016年9月時点では、火山活動は静穏な状態となっています。この島と周辺の岩礁も、世界遺産の構成資産です。

火山列島

硫黄島
硫黄島

「火山列島(かざんれっとう)」は、北硫黄島(きたいおうとう)、硫黄島、南硫黄島(みなみいおうとう)の3つで構成される列島の名前です。

別名として「硫黄列島(いおうれっとう)」とも呼ばれます。このうち、世界遺産の構成資産になっているのは北硫黄島と周辺の岩礁、そして南硫黄島です。

この列島は海底火山であり、最も標高が高い南硫黄島を海底から数えると、富士山以上の体積を持つと観測されています。

なお、太平洋戦争時には硫黄島で日本軍とアメリカ軍の戦闘が行なわれました。

南鳥島、沖ノ鳥島

他の島々からずいぶん離れた位置にあるふたつの島も、小笠原諸島として東京都の一部になっています。

南鳥島(みなみとりしま)は、日本の最東端に位置する島です。わずか1.51km²の面積しかないものの、自衛隊の基地があり、隊員や気象庁、関東地方整備局の職員が常駐しており、島には滑走路が敷かれています。

南鳥島
南鳥島

島の周辺には、サンゴ礁が生息しているため大型船でこの島に近づくことは難しいとされています。

一方の沖ノ鳥島(おきのとりしま)は、日本の最南端に位置する島です。満潮時には島の一部を除いてほとんどが水没してしまいますが、現在は護岸工事が施されており、無人で機能する灯台も設置されています。

このふたつの島は、世界遺産の登録資産ではありません。

小笠原諸島の発見

北硫黄島には遺跡があり、父島には石器が発見されていることから、古代より小笠原諸島には人が生活していたと考えられています。

日本の記録で小笠原諸島が登場するのは、1593年(文禄2年)になってからで、信濃小笠原氏の一族、小笠原貞頼(おがさわらさだより)が島を発見したと伝えられていますが、定かではありません。

江戸時代の初期にはいずれかの島で探検が行なわれたとされていますが、これも確かな記録としては残されていません。

確かな記録が登場するのは、1670年(寛文10年)です。紀州(現在の和歌山県、及び三重県南部)を出港した船が母島に漂着し、船員たちは何とか生還して幕府に報告しました。

以降、1675年(延宝3年)には島の調査を行なう船が派遣され、日本の南方に浮かぶ島々がついに発見されることになります。

歌舞伎パンダ

1727年(享保12年)になって、小笠原貞頼の子孫を自称する小笠原貞任(おがさわらさだとう)が、島々の領有権を主張しました。しかし、この訴えは幕府によって却下され、小笠原貞頼の存在すら否定されました。

「小笠原諸島」という名前は、いつしかこの人物の名に由来して呼ばれるようになったと伝えられています。

小笠原諸島の独自文化

小笠原諸島は内地からの移住者の他、海外からも多くの移住者が訪れたため、独自の文化が発展した特徴があります。

言語や民謡、食事などには小笠原諸島独特と言える南国風の特徴が見られます。

小笠原諸島の生物

小笠原諸島は、内地では見られない独特の生態系が確立されており、多くの固有種が確認されています。

世界遺産の登録基準には、こうした生物の有り様についても述べられているため、自然遺産として生物を保護することも、日本人に課せられた重要な使命のひとつだと言えます。

代表的な固有種としては、兄島に生息しているオガサワラハンミョウや、兄島と母島で生息が確認されているエンガザイなどです。

小笠原諸島全体では動植物を合わせて合計で70種類以上の固有種がいるとされています。また、島々の周りには豊富にサンゴ礁が生息しており、小笠原諸島の美しい景観を支える要素のひとつになっています。

なお、聟島列島のひとつである鳥島(とりじま)には、アホウドリの繁殖地計画があり、産卵を促す施策が行なわれています。