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日光の社寺(栃木県)

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1999年(平成11年)、栃木県日光市にある社寺などが「日光の社寺」としてユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されました。ここでは、世界遺産になった「日光の社寺」についてご紹介致します。

「日光の社寺」とは

日本にある世界遺産「古都京都の文化財」や「古都奈良の文化財」と同じように、同地域(ここでは栃木県日光市)にある複数の施設・史跡をひとまとめにしたものが「日光の社寺」です。

世界遺産に登録された「日光の社寺」は、日本では「日光山内」や「二社一寺」とも呼ばれます。

「日光山内」とは、今回世界遺産に登録される前に国の史跡として登録された名称が「日光山内」であったことから、「二社一寺」の名は、「日光の社寺」の主な内訳が、ふたつの神社とひとつの寺であることからです。

ここではまず、「二社一寺」に数えられる3つの社寺を中心に解説します。

世界遺産 日光の社寺 公式サイト
http://www.sekaiisan-nikko.jp/

この地域を代表する日光東照宮

日光東照宮の正式名称は「東照宮」です。ただし「東照宮」の名が付いた神社は全国にあるため、それらと明確に区分するために「日光東照宮」と呼ばれることがほとんどです。

なお、全国にある東照宮の総本社にあたるのが、この日光東照宮です。ここからは「日光東照宮」の名称を使ってご紹介致します。

日光東照宮にある建物や文化財は、国の国宝や重要文化財に指定されているものが豊富にあり、これらのすべてを一日で見て回るのは大変な程。観光で訪れる場合には、見たいポイントを吟味するか、余裕のあるスケジュールで訪れたいものです。

徳川家康の遺言で創建された日光東照宮

全国にある東照宮を含め、日光東照宮の主祭神として祀られているのは「東照大権現(とうしょうだいごんげん)」です。

この東照大権現は、江戸幕府の初代将軍である徳川家康公を神格化したもので、東照宮は徳川家と深いかかわりがある神社になっています。

なお、この「東照大権現」という神号は朝廷から贈られたものです。 徳川家康は遺言に、遺体の安置場所、葬儀の場所、位牌の置き場所などを事細かに残したと伝えられています。

そして、その中にあった遺言のひとつが「死後1年後、日光山に小さな堂を建てて祀ること」でした。

徳川家康は、1616年(元和2年)に75歳で生涯を終えました。その後、遺言通りに1年後の1617年(元和3年)に日光東照宮が建立され、徳川家康は東照大権現として祀られるようになりました。

こうして徳川家康は、関東地域を中心とした日本全土の守り神になったのです。

パワースポットとしても知られる日光東照宮

徳川家康が日光山を選んだ理由には諸説ありますが、江戸幕府の顧問だった天海大僧正がそのように促したとする説が有力に伝えられています。

日光山は、風水の観点ではエネルギーがみなぎる場所「龍穴」にあたり、また陰陽道の観点では男体山と女峰山のエネルギーが交わった、陰陽のバランスが良い霊場でもあります。

徳川家康が本拠地とした江戸も、風水と陰陽道で都市計画が成されたと伝えられています。

日光東照宮の陽明門

日光東照宮の中門は「陽明門(ようめいもん)」と呼ばれています。派手な極彩色の彫刻で飾られており、その膨大な数から「一日中見ていても飽きない」という意味で「日暮の門(ひぐらしのもん・「日暮御門」と表記する場合もあります)」とも呼ばれます。

飾られている彫刻のテーマは動物や植物、仙人、故事成語など500以上の豊富なバリエーションとなっており、日光東照宮における見どころのひとつと言えるでしょう。

日光東照宮で知っておきたい豆知識

日光東照宮は、「権現造(ごんげんづくり)」と呼ばれる神社建築様式で建てられています。

権現造の特徴は、本殿と拝殿が一体化しており、その間に一段低い建物(これを「石の間」と呼びます)が設けられていること。

徳川家康の遺体を最初に安置した久能山東照宮(建立は日光東照宮と同)が発祥とされる建築様式であるため、東照大権現(徳川家康)から始まった神社建築様式と言えます。

社殿などには多くの動物が飾られているのも特徴で、「見ざる言わざる聞かざるの三猿」、「眠り猫」などが有名です。

この「眠り猫」に込められたメッセージには諸説があり、主祭神である東照大権現を猫が守っているとする他、猫の裏面にはスズメが配置されており、「スズメがいてものんびり眠っている猫」で「平和」を表していると見る説もあります。

日光東照宮 公式サイト
http://www.toshogu.jp/
施設情報はこちら

世界遺産「日光山 輪王寺」

日光山 総本堂 三仏堂

日光山「輪王寺(りんのうじ)」は、世界遺産「日光の社寺」に登録された寺院です。

元々日本では神と仏が混ざり、神道と仏教は習合して信仰されるのが普通でしたが、明治政府によって出された「神仏判然令(しんぶつはんぜんれい:通称「神仏分離」)」によって無理矢理に分類されるようになった経緯があります。

現在「二社一寺」と呼ばれるのは、こうした経緯からです。

日光山 輪王寺の成り立ち

大護摩堂天井の大昇龍

世界遺産としては、日光東照宮・日光二荒山神社と並んで紹介されていますが、輪王寺の創建は古く、奈良時代、766年(天平神護2年)と伝えられています。

輪王寺の建物は日光山の各地に点在しています。なお、輪王寺本堂(三仏堂)には男体山、女峰山、太郎山に対応した本地仏として千手観音(せんじゅかんのん)、阿弥陀如来(あみだにょらい)、馬頭観音(ばとうかんのん)を安置しています。

輪王寺と徳川家光

家光公の廟所である大猷院

山を神体とした自然信仰、神仏習合の信仰など、輪王寺が歩んできた長い歴史には、日本で脈々と受け継がれてきた信仰の様子が刻まれています。

また、国宝や重要文化財に指定される建物や美術工芸品なども多数所有しています。

さらに輪王寺には、徳川幕府三代将軍である徳川家光公の墓所「大猷院(たいゆういん)」があります。

家光公は、遺言で「祖父(家康)を凌いではならない」と残していたため、日光東照宮よりも控えめな装飾が施されていますが、315基の燈籠や、金と黒を基調に造られた重厚な雰囲気の建物を含め、大猷院の拝殿、相の間、本殿は国宝に指定されています。

日光山 輪王寺 公式サイト
http://rinnoji.or.jp/
施設情報はこちら

「世界遺産「日光二荒山神社」

二荒山神社本社境内

日光山にある「日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)」は、「日光東照宮」「日光山 輪王寺」と並ぶ「二社一寺」のひとつに数えられ、ユネスコ世界遺産に登録されています。

日光二荒山神社の成り立ち

二荒山神社 神橋

日光二荒山神社は、同じ世界遺産に並べられる「日光山 輪王寺」と同等に古く、767年(神護景雲元年)に本宮神社が創建されたのが始まりです。

以降、782年(天応2年)に奥宮が、784年(延暦3年)に中宮祠(ちゅうぐうし)が創建されています。

日光三山を神道で祀る日光二荒山神社

二荒山神社 本社御本殿

「日光山」とは、日光にある男体山、女峰山、太郎山の総称です。これらの山々は山岳信仰で古くから崇められており、日光二荒山神社ではこれらの山々を御神体山として信仰しています。

それぞれの山の祭神については、男体山を「大己貴命(おおなむちのみこと)・大国主命」、女峰山を「田心姫命(たごりひめのみこと)」、太郎山を「味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)」としており、三山を親子の山として考えているのが特徴です。

なお、この三山を神体山として崇めているのは日光山 輪王寺も同じで、三山を神道の観点で祀っているのが日光二荒山神社、仏教の観点で祀っているのが日光山 輪王寺ということになります。

日光二荒山神社 公式サイト
http://nikko.futarasan.jp/
施設情報はこちら

建造物群と遺跡

世界遺産「日光の社寺」として登録されている施設としては、「日光東照宮」「日光山輪王寺」「日光二荒山神社」の二社一寺が代表的ですが、これらを取り巻く石垣や階段、参道などを含めた全体を遺跡として捉えており、こうした周辺環境も世界遺産に含まれています。

日光山は、奈良時代の頃には自然信仰の対象として寺社が創建され、江戸時代にはそこに加えられる形で東照大権現が祀られるようになった経緯があります。

そして、明治時代に行なわれた「神仏判然令」。日本独自の宗教観が凝縮されたような特徴を如実に表しているのが、「日光の社寺」の特徴だと言えるでしょう。