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厳島神社(広島県)

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広島県の西部、廿日市市(はつかいちし)にある厳島神社(いつくしまじんじゃ)は、1996年(平成8年)にユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されました。

厳島神社は、瀬戸内海に浮かぶ宮島(厳島)そのものをご神体として、海上に建築物群が建ち並ぶ神社です。

宗教施設は世界各地に多くありますが、厳島神社のように海を境内として考え、潮の満ち引きを考慮した空間設計が成されている施設は、他に類を見ないものです。

厳島神社の祭神

厳島神社で祀られている祭神は「宗像三女神(むなかたさんじょじん)」と呼ばれる3柱です。

厳島神社以外にも福岡県にある宗像大社では同じ三女神を祭神としており、全国に点在する宗像神社や厳島神社、その他全国にある幾つかの神社でも祭神とされている他、三女神のうち1柱ずつを祭神としている神社が全国に数多くあります。

市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

市杵島姫命は、「イチキシマヒメ」とも表記されます。古事記では「市寸島比売命」として登場しますが、日本書紀では「市杵嶋姫命」の名で登場しています。

アマテラスとスサノオの誓約(占い)の際、スサノオの剣から五男三女神が誕生したとされていますが、その三女神のひとりが市杵島姫命です。

水の神様として祀られる一方で、子守や子どもの守護神として崇敬している神社もあります。

厳島神社の社名は、この女神の名前「イチキシマ」が転じたものだと伝えられています。なお、市杵島姫命は七福神の一員である弁才天と同一視されており、弁才天は学問や芸術の守護神として信仰されています。

田心姫命(たごりひめのみこと)

田心姫命(たごりひめのみこと)は、「タキリビメ(または「タギリヒメ」)」と表記されることもあります。

なお、古事記では「多紀理毘売命」、日本書紀では「田心姫」「田霧姫」として登場しています。「タキリ」とは、海上に現れる霧のことを指すとする説と、水が激しく流れる様子を指す「滾(たぎ)り」のことであるとする説があります。

いずれにしても、海や水に深くかかわる女神として考えられています。

なお、市杵島姫命と同じように、アマテラスとスサノオの誓約によって誕生した三女神のひとりです。

湍津姫命(たぎつひめのみこと)

湍津姫命(たぎつひめのみこと)も、アマテラスとスサノオの誓約によって生まれた三女神のひとりです。

古事記では「多岐都比売命」、日本書紀では「湍津姫」として登場しています。

神名にある「タギツ」は「滾(たぎ)つ」のことで、水が激しく流れることを指しているとされています。田心姫命と同じように、海や水に深くかかわる女神として崇敬されています。

厳島神社 公式サイト
http://www.miyajima-wch.jp/jp/
itsukushima/
施設情報はこちら

日本を代表する観光名所としての厳島神社

厳島神社は、ユネスコ世界文化遺産であるというだけではなく、その景観の良さや建築物の立派さでも日本を代表する観光地として知られています。

日本三景としての厳島神社

日本にある名勝地の中でも、特に素晴らしいと高く評価されているものが「日本三景」です。

日本三景は、厳島神社がある宮島(厳島)、宮城県にある松島、京都府にある砂州、「天橋立(あまのはしだて)」の3つです。いずれも古くから詩歌や絵画の題材として親しまれています。

日本三大鳥居

厳島神社の境内にある大鳥居は「日本三大鳥居」に数えられています。残りの2つは、奈良県にある金峰山寺(きんぷせんじ)の鳥居と、大阪府の四天王寺(してんのうじ)にある鳥居です。

厳島神社の鳥居は木製、金峰山寺の鳥居は金属製(銅)、四天王寺の鳥居は石製のものとして知られています。

「日本三大鳥居」は、観点によって挙げられる鳥居が異なる場合(春日大社、氣比神宮と合わせて「三大鳥居」とするなど)がありますが、いずれも厳島神社の大鳥居は含まれています。

日本三舞台

厳島神社にある板舞台は、「日本三舞台」に数えられています。他の2つは、大阪府にある四天王寺と住吉大社の石舞台です。

全国にある厳島神社

「厳島神社」の名を持つ神社は、全国に約500社があるとされています。

世界遺産に登録されている広島県廿日市市の厳島神社が総本社であり、いずれも市杵島姫命を祭神として祀っています。

厳島神社が誕生した背景

厳島神社の伝承では、593年(推古天皇元年)に創建されたと伝えられています。この地方で強い勢力を持っていた豪族、佐伯鞍職(さえきのくらもと)が神託(神のお告げ)を賜り、天皇の許しを得て創建し、初代神主に就任しました。

日本には、古代から自然信仰の風習があり、宮島にある弥山の山頂には巨石が連なっていたことから、この地域には山岳信仰が行なわれていたと伝えられています。そうした背景から、島そのものを神体として祀る神社ができたようです。

古い文献で厳島神社は「伊都伎嶋神社(いつきしまのかみのやしろ)」の名前で登場しています。

平家による改修

初代から続く佐伯家によって神社は営まれ続け、勢力を表す社格が徐々に昇っていきます。そして平安時代の末期、この地域を支配していた平清盛と佐伯家の結びつきが強まり、社殿が平清盛によって造営されることになります。

この頃に現在と同程度の社殿が設えられたと伝えられています。また、こうした背景から厳島神社は平家の氏神になっています。

時代の移り変わりと厳島神社

平家が滅亡したあとも、厳島神社は時の権力者から崇敬を集め続けていました。この頃の厳島神社は「神の住む島」として見られ、むやみに立ち入ってはいけない「禁足地」とされ、祭祀などは対岸から行なわれていたと伝えられています。

その後、戦国時代には神社の力は大きく損なわれてしまいます。この地域の支配者になった毛利元就(もうり もとなり)によって崇敬されると再び隆盛を見せ、社殿の大規模な修復が行なわれたと記録に残されています。

また、豊臣秀吉も施設の造園にかかわったとされています。

なお、江戸時代には厳島神社をお参りすることが流行しました。

厳島神社にある建築物

1,400年以上の歴史を持つ厳島神社には、時代の移り変わりに合わせて多くの施設・建築物が造営されており、それらは観光の見所として多くの観光客を魅了しています。ここでは、代表的な建築物をご紹介します。

大鳥居

大鳥居

厳島神社の施設として特に知られているのは、広島湾に建つ大鳥居です。

境内の沖合約200mの位置に高さ16.6mの大きな朱塗りの鳥居が建てられており、海・空の青色との対比もあって景勝地のひとつとして語られています。

海に立つ鳥居であるため、潮の満ち干きによって景観を変え、水位が低い時間帯に限っては徒歩で鳥居まで歩いて行くことができます。

こうした時間や自然と一体になった鳥居の様子は、他の神社では見られない珍しい光景として多くの観光客に親しまれています。

なお、鳥居の根本は海底に埋められているわけではなく、杭によって地盤を強化し、自重で建つように設計されています。

本殿

本殿

毛利元就によって1571年(元亀2年)に改築されたとされているのが本殿です。

切妻両流造りで正面には緑青塗りの菱型の格子戸がはめられ、繊細かつ華麗な姿を見せてくれます。祭神である三女神は、この本殿に祀られています。

舞台

厳島神社には、3種類の舞台があります。国宝に指定されているのが「平舞台」と「高舞台」、そして重要文化財に指定されているのが「能舞台」です。

平舞台と高舞台は平安時代に造られたもので、能舞台は江戸時代に造られたとされています。

これらの舞台では、伝統的な能や雅楽が演じられる他、毎年献茶祭なども行なわれています。

回廊

回廊

神社にある回廊は、そのほとんどが建物の周囲を巡るように配置されていることが多いものですが、厳島神社の場合は海を渡る通路として回廊が配置されています。

また、回廊にある床板には「目透し」と呼ばれる隙間があり、高潮の際に海水によって下から加えられる圧力を弱める役割を担っています。こうした細かい部分にも、先人たちの知恵を見ることができます。

その他の建築物

厳島神社にある建築物は、その多くが国宝や重要文化財に指定されています。

神社全体として見れば、時代の移り変わりと共に時の権力者によって改修や造営が行なわれた経緯を持っていますが、基準となる建築様式は平安時代のものを随所に見ることができ、当時の文化を知る貴重な資料として扱われています。

厳島神社を襲う自然災害

厳島神社は、海上を主な境内としているため、台風や高潮などの被害を避けられない宿命があります。

過去には、台風の到来によって施設が倒壊したり、大きな被害を受けたりといった例があり、そのたびに修復が施されています。