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商業の町として発展した元城下町 八幡(滋賀県近江八幡市)

近江八幡市八幡地区の歴史は、安土桃山時代の1585年(天正13年)、豊臣秀次が八幡山城を築き、山城の麓の城下町が発展したことから始まります。そのわずか10年後に城は廃城となりますが、交通の要所であったこの地は商業の町として繁栄を続けました。

八幡堀に映す商都の面影

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楽市楽座を基礎に商業発展 近江八幡

平成3年4月30日選定

近江八幡 近江八幡は、秀次の城下町時代には楽市楽座などの商工業政策によって、すでに商家の建ち並ぶ賑わいを見せていました。その原動力となり、のちに近畿一円のみならず全国にその名が広まるのが、近江商人です。
楽市楽座が城下町の中で認められていた商人の特権であったのに対し、廃城後はこの地を通る東海道・中山道・北国街道などの主要街道を利用した広域的な商業が広がっていきました。言わば、楽市楽座が廃止されたことが近江商人の名を世に広げる役目を負っていたのかもしれません。
現在でも旧市街地には往時の碁盤目状の区割りが残されており、新町や永原町に建ち並ぶ近江商人本宅の家並みを見ることができます。

300年の歴史ある商家 旧西川家住宅

重要文化財

西川利右衛門邸(重要文化財) 碁盤の目に区割りされた旧市街を貫く新町通りには、江戸時代の町並みの面影が色濃く残されており、近江八幡の古い町並のメインストリートのひとつとなっています。この通り沿いの歴史民俗資料館の隣、一軒民家を挟んだ所に構えているのが旧西川家住宅です。
店舗部分と居住部分とが分かれており、突き出した座敷玄関が特徴的な、典型的な近江商家の面影が残されています。トガ材を使用し黒壁に塗られたどっしりした構えの京風建築の2階建家屋で、江戸時代中期頃の建築と考えられています。間口に比べて奥行きが長い造りになっており、数々の庭木や飛び石、苔が敷かれた庭からは、近江商人の興隆ぶりを偲ぶことができます。
西川家は蚊帳や畳表などで財を成した商家で、八幡のみならず江戸・大坂・京にも店を構えていた程の豪商でした。現在見られる旧西川家は江戸時代中期の1706年(宝永3年)に建てられた建物であり、1983年(昭和58年)に国の重要文化財に指定され、その後改修された物です。
西川家の家訓は「先義後利栄・好富施其徳」。つまり、第一に義理人情を重要視することが先決で、利益はあとから付いてくる物であること、得られた富に見合った人間形成を行なうことが大切なことであると説いています。「売り手よし・買い手よし・世間よし」という「三方よし」の理念は、西川家にも息づいていました。

市民に愛され続ける商家 旧伴家住宅

市指定文化財

旧伴家住宅 伴家は屋号を「扇屋」と言い江戸時代初期から活躍した商家です。寛永年間(1624~1645年)には江戸日本橋にも店を構え、麻布・畳表・蚊帳を扱っていました。その後5代目当主伴蒿蹊(こうけい)の力で大坂の淡路にも商圏を拡大。蒿蹊は歌人・文筆家としても知られていた程で、18歳で継いだ家督を36歳で譲り、その後は著述業に専念していた人物でした。伴家は繁栄を続けましたが、明治時代になるとその勢いは衰えてしまいました。
現在、近江八幡市立資料館となっている建造物が、旧伴家住宅です。7代目当主伴庄右衛門能尹(よしただ)によって13年もの年月をかけて建設され、1840年(天保11年)に完成しました。明治時代になると八幡町(当時)に譲られて小学校、役場、女学校と役割を変えながらも使用され、第二次大戦後も「メンソレータム」で知られる近江兄弟社の図書館を経て近江八幡市立図書館として市民に親しまれてきました。その後、図書館が別の場所に移転されると、地元住民から建物保存の要望が上がり、整備の末2004年(平成16年)4月より、市立資料館の一部として公開されています。

地域の寄付により建設の学校 白雲館

擬洋風建築

白雲館 白雲館は木造2階建て・瓦葺の明治時代の学校建築物であり、国の登録有形文化財建造物に指定されています。もとは八幡の商人の熱意と地元住民の協力により当時の建設費6,000円が集められて1877年(明治10年)に建築された「八幡東学校」で、日本の伝統建築技術に西洋風建築の様式を取り入れた擬洋風建築です。高くそびえ建つ塔のデザインなどに明治維新当時の流行と、文明開化への憧れが見て取れます。
学校として利用されたあとは役場、郡役所、信用金庫などにも使われてきた歩みを持つこの建物ですが、1994年(平成6年)に建設当時の姿に復元され「白雲館」として近江八幡観光の拠点に利用されています。1階には近江八幡観光物産協会の事務所と観光案内所が置かれ、地元観光情報の発信や特産品・工芸品の展示販売も行なわれており、2階部分は企画展などのギャラリーとして利用できる多目的ホールになっています。