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日本三大荒神輿「北条秋祭り」

ここでは日本三大荒神輿のひとつ、「北条秋祭り」をご紹介致します。

北条秋祭りとは・・・

北条秋祭り

瀬戸内海に面した愛媛県の高縄半島西側に位置する松山市北条(旧北条市)は、かつて風早(かざはや)地方と呼ばれ、瀬戸内海に名を馳せた河野水軍の本拠地があったところです。

北条秋祭りは国津比古命(くにつひこのみこと)神社と、沖合に浮かぶ鹿島の鹿島神社などの祭礼の総称で、毎年10月の第1土・日曜日を中心に開催。

「だんじり」の練り歩きや、「神輿落とし」「神輿みそぎ」といった荒々しい神事が繰り広げられる勇壮な祭りで、特に国津比古命神社の秋祭りは「風早の火事(ひのこと)まつり」とも呼ばれています。

荒々しくも神々しい全力で壊される神輿落とし

荒々しくも神々しい全力で壊される神輿落とし

1,500年前に創立したと言われる国津比古命神社の秋季大祭の見どころは何といっても神輿落としとだんじり20数基の練り歩き。早朝各地区のだんじりが集まり、半鐘と太鼓を叩いて神輿の宮出を待ち詫びます。ようやく宮出すると渡御している神輿が海に投げられ「おひきあげ」のあと、神事が行なわれます。

「おひきあげ」はその昔、立岩川の決壊により御神体が海に流され沈んでしまったところ、ご神託に従って鵜が止まっているひょうたんの下に網を入れたら無事お引き上げできたという言い伝えを再現。お面をかぶった人が山の人、それ以外は海の人を表し、自然を大切にする思いも込められています。

夕方に宮入すると歓声と怒号の中、39段の石段から投げられる神輿落としがスタート。中に祀られたご神体が飛び出してくるまで何度も何度も繰り返され、神輿が壊れてご神体が現れると、氏子たちが奪い合い、本殿へと還御されます。せっかく作った神輿を壊してしまう荒々しい行事かと思われますが、皇室の新嘗祭(にいなめさい)などでも、ひとたび神に供えた物は二度と使用せず壊す物。毎年清らかな物を捧げ祀り、神様へ畏敬の念を表すのです。

また、もうひとつの見どころであるだんじり20数基の練り歩きは迫力満点。夕方に提灯をつり下げ赤い幕で飾られただんじりが、半鐘と太鼓に合わせて練り歩く姿が火事を連想させるため、「風早の火事まつり」とも呼ばれるようになりました。

河野水軍にゆかりある神輿みそぎと櫂練船

河野水軍にゆかりある神輿みそぎと櫂練船

後半に行なわれる祭りの舞台は、海に浮かぶ周囲1.5キロメートルの小島にある鹿島神社。
伊予の国(愛媛県)の有力豪族で、源平合戦時に軍功を立てた河野水軍ゆかりの神社と言われています。

愛媛県の無形民俗文化財に指定されている「櫂練船(かいねりぶね)」は鹿島神社の中心行事で、河野水軍が出陣する際の先勝祈願や、凱旋の祝勝行事として行なわれていたものが由来とされています。

河野水軍にゆかりある神輿みそぎと櫂練船

「ホーランエー、ホーオンエー」と櫂を操る掛け声と、「ヨイヤサノサッサ、ヨイトセ、ヨイトマカ、ヨイトセ」の鉦鼓(しょうこ:雅楽器のひとつ)の囃子にのって進む櫂練船が明星川の川べりに集まると、2基の神輿を高々と差し合わせ、勢い良く何回も川に投げ込む神輿みそぎでクライマックスを迎えます。2基の神輿は北条港で船に乗せられ、陸側では送り火、鹿島側では迎え火が上がると、櫂練船と神輿を載せた船が帰還し、祭りは幕をおろします。

北条秋祭りの流れ

北条秋祭りの流れ

毎年体育の日直前の金曜日から4日間にわたり、旧北条市(現松山市北条地区)を舞台に開催されます。暴れ神輿と呼ばれる「神輿落とし」と「神輿みそぎ」の神事や、4日間を通して勇壮に練り歩くだんじり、優雅な舞いも見られる「櫂練船」など、様々な情景に出会えるはずです。日程は毎年変わりますので事前に確認してからお出かけ下さい。

体育の日直近の金曜日から国津比古命神社と鹿島神社ともにお祭りが始まります。国津比古命神社の神輿落としが行なわれるのは日曜日。6時に神輿4基が宮出され、街の各所を練り歩いて9時頃におひきあげを経て、16時30分に宮入します。ここからクライマックスである石段39段からの神輿落とし。御神体が出てくるまで何度も落とす光景は迫力たっぷりです。

一方、鹿島神社の櫂練船と神輿みそぎは体育の日の月曜日に行なわれます。早朝5時に宮出しされた神輿は15時時頃に明星川へ到着し、そこから川へ落として神輿を清める荒神事がスタート。16時には神輿が船に引き上げられ、船上で優雅な舞いが踊られる櫂練船とともに鹿島神社へと向かい17時に宮入して一連の神事は終了しますが、鹿島地区のだんじりは金曜日から月曜日まで毎日練り歩いており、終始祭りムードに包まれています。