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観光情報

古来日本が楽しめる観光施設「江戸時代」



群雄割拠の時代を最後に制した徳川家康によって、1603年、江戸幕府が開かれます。以来、明治に入るまでの265年間の長期安定政権、江戸時代は続きます。では、この時代へとタイムスリップできる観光スポットを紹介しましょう。

日本各地の名城を巡る

日本各地の名城を巡る

現在全国に残る日本の城は、江戸時代、各藩主の居城だったところで、日本の城めぐりをするだけでも、いろいろな場所で江戸時代へのタイムトリップの扉が開かれます。最近では歴史ブーム・お城ブームを背景に、お城めぐりのさまざまなツアーが組まれているので、気軽に江戸時代を楽しむ旅へ出かけてはどうでしょうか。

ワープステーション江戸(茨城県)

当時、世界一の大都市だったとも言われる江戸。その"華のお江戸"にタイムスリップできるのが、茨城県のつくば市にある「ワープステーション江戸」です。江戸城大手門、武家屋敷、長屋門、見附などが堀と一体となったダイナミックな景観を楽しめる江戸城ゾーンと、日本橋を中心とした大店街や町屋、廻船問屋などの賑わいを楽しめる江戸の町ゾーンで構成されています。実は、この施設は、「時代劇をつくれる場所が欲しい」という声を受け、つくられたもので、NHK大河ドラマ「龍馬伝」や「江~姫たちの戦国~」などの撮影にも使われるなど、史実に基づいた時代劇をつくる上で、貴重な施設となっています。つまり、江戸の雰囲気を味わうには格好のスポットです。

EDO WONDERLAND日光江戸村(栃木県)

江戸のテーマパークとして知られる「日光江戸村」。非常に大きなレジャーランドでもあり、関所街道、宿場町、下町、武家屋敷街などの江戸時代の豪壮華麗な建築群が奇想天外に演出されています。日本の伝統芸である水芸や、お馴染み遠山の金さん、大迫力の忍者ショーなど家族みんなで楽しめる工夫もたくさん。遊び心満タンで訪れたい場所です。

小江戸川越(かわごえ)(埼玉県)

埼玉県の川越は、「小江戸」と呼ばれ、江戸にゆかりの深い街です。特に、川越の中心に位置し、江戸情緒あふれる蔵の町並みを残す「一番街」はおススメ。川越のシンボル「時の鐘」など、まるで時代劇を見ているように江戸を堪能できるエリアです。

妻籠(つまご)と馬籠(まごめ)(長野県・岐阜県)

江戸時代、東海道とともに江戸(東京)と京都を結ぶ重要な官道であった中山道。延長約530kmのこの街道には69の宿場があり、「妻籠」(長野県)は江戸から数えて42番目、「馬籠」(岐阜県)は43番目の宿場町でした。

妻籠は、日本で初めて重要伝統的建造物群保存地区に選定されたところで、江戸時代の宿場町の面影を今も色濃く残しています。一方、馬籠の大きな特徴は、急斜面の街道沿いに石垣を築き建物を建てるという、非常に珍しい坂道に開かれた宿場町であったことです。二度の大火によって、石畳と枡形をのぞき、江戸時代の建物のほとんどが焼失したものの、町の人たちの努力で、当時を彷彿とさせる町並みが復元されています。また、馬籠は明治期の文豪・島崎藤村の故郷でもあります。その生家跡に建てられた「藤村記念館」や江戸時代の人々の暮らしぶりを見ることができる「馬籠脇本陣資料館」など、見どころもたっぷり。さらに夕暮れどき、石畳の坂道を下りながら眺める格子窓や格子戸の美しい町並みとその向こうに広がる雄大な木曽の山々が、ともに刻々と夕焼け色に染まりゆく光景は必見の美しさです。

尚古集成館(しょうこしゅうせいかん)(鹿児島県)

まだ開国前の1852年。現在の鹿児島県城下磯地区に、日本で最初の洋式産業群(工業コンビナート)が誕生します。薩摩藩第28代当主・島津斉彬(しまづなりあきら)によって興された「集成館」です。集成館は、大砲鋳造のための反射炉や、ガラス工場、鍛冶工場などの工場群で、最盛期には1,200人もの人が働いていたと言われています。実は、薩摩藩の志士たちは、西欧から運ばれてきた一冊の本だけを手掛かりに集成館事業に踏み出しています。そこには、薩摩という土地が抱えていた切羽詰った事情がありました。植民地化政策を採る西欧列強は、アフリカ・アラビア・インド・東南アジアを経て、南から中国・日本へと迫ってきており、日本最南端を統治する薩摩藩はその矢面に立たされたのです。しかも、1840年に起こったアヘン戦争で、東洋の大国中国が、ヨーロッパの小さな島国イギリスに負けたという信じられない衝撃が彼らを襲います。「煙を上げて走る蒸気船と遠くからでも撃てる大砲を持っている」ことへの恐怖心は、例えようもないほどのものだったでしょう。「自前の大砲と軍艦をつくる」-このことへの揺るぎない決心が九州の侍たちの中に芽生え、その一念がが、日本初のコンビナートへ誕生へとつながるのです。

集成館は残念ながら、薩英戦争(1863年)、西南戦争(1877年)と2度の戦争で大打撃をかぶり、1915年に廃止されます。現在は、「尚古集成館(しょうこしゅうせいかん)」として、集成館事業に関する資料などが展示されており、激動の幕末を知るひとつの重要なスポットとしておススメです。