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観光情報

日本の観光施設を巡る「姫路城(兵庫県)」



姫路城」は、兵庫県にある標高46mの姫山を中心に立地する安土桃山時代から江戸時代にかけて築かれた城で、17世紀初頭の日本の城郭建築の粋を極めた傑作として、現在、日本の城としては唯一の世界遺産になっています。

西国将軍の城として築かれた城

西国将軍の城として築かれた城

姫路城建築史に記される本格的な姫路城郭の誕生は、姫路黒田氏の祖と言われる黒田重孝が1555年~1561年にかけて築いたもの。これを1580年に中国征伐の拠城として羽柴秀吉(豊臣秀吉)が改修。その後、1600年の関ヶ原の戦い後に池田輝政が、西国の武将ににらみをきかせる「西国将軍(さいごくしょうぐん)」として姫路に入り、新たな城の建造に着手。9年の歳月と推定2,430万人もの人々を動員して、1609年に連立式の天守を持つ白亜の名城を築いたのです。

明治に入り、売りに出された姫路城

何と姫路城は、明治に入り、一度、売りに出されています。実はこれは姫路城に限ったことではなく、廃藩置県のために新政府によって出された「廃城令」により、全国各地の城は維持費も巨額にのぼることから、売りに出される城が続出し、姫路城もそのひとつだったわけです。競売にかけられて 競り落としたのは城下の個人。落札価格が何と23円50銭で、落札の理由が「城の瓦を売るため」と伝わっているのも驚きです。現在の価格にしてわずか20万円足らずでした。こうして買われた姫路城ですが、落札者が取り除きにとてつもない費用がかかることから、その権利を放棄。このときに権利を放棄されていなければ、世界遺産・姫路城は存在していなかったかもしれません。

姫路城の見どころ

美的完成度の高さを愛でる

景観として何より際立つのは、「美的完成度の高さ」です。特に、五層七階の大天守と3つの小天守が渡櫓(わたりやぐら)で連立式に組み合わされた「連立式天守」は、幾重にも連なる瓦屋根と白漆喰の白壁が見事な相乗効果を発揮。その姿は羽を広げて天空に舞う白鷺(しらさぎ)を彷彿とさせ、「白鷺城(はくろじょう)」と称されるほどで、見るものを引き込む構成美がそこにあります。

当時の、最新の防御システムを探検

姫路城は、合戦の際に決して落城しないようにつくられた難攻不落の要塞という特徴も持ち、防御に工夫した日本独自の城郭の構造を最もよく見られる城としても、見どころたっぷりです。各所に様々な仕掛け(防御システム)が施され、複雑で巧妙な構造は、まるで迷宮に入り込んだかのようです。

例えば、天井から槍の降ってくる小さな門、迷路のように行き止まりのある土塀、滑りやすい丸石の階段、装飾に見せかけた銃眼(敵への射撃や監視のための穴)などなど。「扇の勾配」と呼ばれる美しいカーブを描く石垣も、実は、緩やかに見えて上にいくほど反り上がる構造になっており、容易に見えてよじ登れない工夫が施されたもの。さらに城を取り巻く堀は、風水学によって城自体の力を強くしようという意図で独特の形をしているのです。