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観光情報

日本の観光施設を巡る「金を中心とする
佐渡鉱山の遺産群(新潟県)」



400年以上にわたって「金の島・佐渡」として輝き続け、国際経済に大きな影響を与えた遺産として、2010年に世界遺産暫定リスト(文化遺産)入りした「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」。その魅力と観光のおススメポイントを紹介しましょう。

「ジパング」最大の金銀山 ・佐渡

「ジパング」最大の金銀山 ・佐渡

金(ゴールド)は、美しく、輝きのある色彩とともに、やわらかで加工しやすく、さらに腐食しにくい特性を持つことから、古くから貴重な金属として多くの人々を魅了してきました。特に、マルコポーロの『東方見聞録』で「黄金の国・ジパング」と紹介された日本は、コロンブスをはじめ、多くのヨーロッパ人にアジアへの夢をかき立てさせたと言われています。

そして、そんな金の産出国として知られていた日本の中でも、「金の島」と呼ばれ、16世紀半ばから平成元年の1989年の採掘休止まで、400年以上にわたって金を産出してきたのが、日本最大の離島「佐渡島(さどがしま)」です。

この佐渡に残る坑道の総延長は約400km、最深部は海面下530mに及び、採掘された鉱石は記録が残るだけでも約1,500万トンです。佐渡で産出された金は、2度ほど国外へも大量に流出し、国際経済に大きな影響を与えたと言われています。それとともに、佐渡の優れた鉱山技術や経営方法がアジア各国の鉱山開発を支えました。「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」は、経済・技術・経営方法などあらゆる面で国際社会とも深く関わった佐渡鉱山の歴史を物語るものなのです。

まさに、"鉱山技術の博物館"

金の島・佐渡で注目したいのが、鉱石の採掘から製錬、貨幣(小判)の製造に至る一連の技術工程がひとつの鉱山で完結していた点です。しかも、江戸から昭和の終わりまで現役であった佐渡鉱山は、古来の原始的な採掘の跡があるかと思うと、西洋から導入した製錬技術とその改良の過程なども残されており、さらに時代とともに変わる鉱山経営の方法なども含め、鉱山の発展の過程をつぶさに見ることができます。いわば、金の島・佐渡は、人類が獲得してきたほぼすべての鉱山技術を目の当たりにできる、世界的にも稀有な"鉱山技術の博物館"です。この鉱山技術の博物館は、主に次の3つのコースで楽しむことができます。

宗太夫坑(そうだゆうこう)コース
佐渡鉱山のルーツに触れるコースです。江戸時代の佐渡金山を忠実に再現しています。約280mの坑道を見て歩き、資料館を見学する所要時間約40~50分のコース。初めて佐渡を訪れる方におススメです。
道遊坑(どうゆうこう)コース
「道遊坑」は、1899年に佐渡鉱山の主要鉱脈「道遊脈(どうゆうみゃく)」の開発を目的に開削された主要運搬坑道で、1989年の操業停止まで使われた坑道です。道遊坑出口には機械工場、高任立坑(たかとうたてこう)などの見学ポイントの他、徒歩約7分の距離に佐渡鉱山のシンボル「道遊の割戸(どうゆうのわれと)」を間近で見られる展望台があります。道遊の割戸とは、斧でふたつに断ち切ったような不思議な山の形状で、1601年に頂上で発見された金を掘るために、人々が手で掘り進めた結果です。まるでおとぎの国の山を見るような何とも言えない景観を醸し出しており、必見です。所要時間は約40~50分。
産業遺産散策コース
国内初の洋式立坑である「大立竪坑(おおたてこう)」や、「道遊の割戸」、選鉱場から港までの約1kmを結ぶ日本初の架空索道(空中ケーブル)がある「北沢浮遊選鉱場跡(きたざわふゆうせんこうばあと)」などをガイド付きで巡るコースです。所要時間は約80分で、日本の近代化をリードした佐渡鉱山の近代史に興味のある方におススメです。

芸術と民族の宝庫・佐渡

一般に知られていないのが、鉱山都市「相川」は、佐渡鉱山最盛期には約5万人もの人口で賑わった国内有数の大都市であったこと。この基礎をつくったのは、2007年に世界遺産に登録された「石見銀山」(島根県)の初代石見銀山奉行でもあった大久保長安(ながやす)です。家康が、長安の手腕を買い、徳川幕府の直轄地(天領)となった佐渡に送り込んだのです。佐渡はまた、「芸能と民俗の宝庫」としても知られていますが、これは、全国から多くの人々が当時の大都市・相川に流入し、各地の文化を島内へ持ち込んだ結果です。土着の文化と入り交じり、驚くほど多様な文化が佐渡の地で花開いたのです。また、石見との関係はやはり深く、石見から伝わった漁法が、佐渡で独自の発展を遂げました。芸術と民族の宝庫・佐渡の姿も、ぜひ楽しみましょう。