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観光情報

日本の観光施設を巡る「長崎の教会群と
キリスト教関連遺産(長崎県)」



キリスト教の繁栄と弾圧、潜伏と復活という、世界でも類をみない布教の歴史を物語る遺産として、2007年に世界遺産暫定リスト(文化遺産)入りした「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」。その魅力と旅のおススメスポットを紹介しましょう。

日本のキリスト教文化の発祥を知る

日本のキリスト教文化の発祥を知る

日本におけるキリスト教は、1549年にスペイン生まれの宣教師フランシスコ・ザビエル(イエスズ会)による布教開始によって始まりました。以来、西日本で急速に広まり、特にポルトガルとの貿易港として開かれた長崎はイエスズ会の本部が置かれ、当時の記録に「日本における小ローマ」という記述も見られるほど、長崎には多くの教会や関連施設が建てられ、南蛮貿易の中心地としてキリシタン文化が花開きました。

その後、江戸幕府による禁教政策による激しい弾圧が始まり、当時、長崎にあったすべての教会が破壊されてしまいます。そして、1637年の島原の乱をきっかけに、江戸幕府の鎖国が完成。このような状況に、時のローマ教皇庁では、日本のキリスト教は完全に根絶したと考えられていたようです。

しかし、そうではなかったのです。それが、この遺産の非常に価値あるところであり、見どころです。厳しい弾圧にも関わらず、また教会もなく神父もいない中で、日本の信徒たちは地下組織をつくり、潜伏してキリスト教の信仰を守り続けていました。

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成遺産たちは、日本におけるキリスト教弾圧の歴史から、250年もの長い間潜伏を経て、劇的な復活をとげたキリスト教の布教の歩みまでを、私たちに見せてくれます。また、教会と集落が一体となった景観は世界的にも優れており、多くの教会堂のつくりも、外国人神父の指導のもと日本人大工により建てられた西洋と日本の技術が融合した独特のもので、これは世界でも類を見ないものです。

多くの教会をはじめ、構成物件は数多くありますが、特におススメの遺産を紹介しましょう。

キリスト教弾圧の歴史を物語る「原城跡」

歴史の教科書にも掲載され、多くの人が知る「島原の乱」。若干16歳の天草四郎をリーダーとする、島原と天草の農民及びキリシタン信者約3万7,000人の一揆衆が起こしたこの乱は、徳川幕府の治下で最大の反乱と言われています。その舞台となったのが、キリシタン大名である有馬氏の出城で、有明海に面する岬にあった原城です。一揆衆は、1937年~1938年の戦いにおいて4ヵ月もの間、ここで籠城したものの、全滅。発掘調査で、多数の人骨と十字架、メダイ(キリシタン用語でメダル(medal金属性小円形の賞牌)のこと)などの遺品が出土しています。

「信徒発見」の歴史的舞台でもある「大浦天主堂」

大浦天主堂」は、ペリー来航による開国(1958年)を機に、日本国内における外国人の居留とそこでの信仰の自由が認められ、長崎でも外国人居留地にフランス人フューレ神父と、それを継いだプチジャン神父の指導により建設された、当時、「フランス寺」と呼ばれた教会です。この場所で、"宗教史上の奇跡"と呼ばれる出来事が起こります。長崎浦上村の男女10数名がここを訪れ、プチジャン神父に「わたしたちはみな、あなたと同じ心です」と、自分たちがキリスト教の信仰を持っていることを告白したのです。それは1865年3月17日の昼下がりのこと。徳川幕府の厳しい弾圧の中、約250年もの間、不屈の信仰を持って耐え忍んできた人々の子孫でした。これが「信徒発見」と呼ばれるもので、この知らせは、世界中を駆け巡り、大きな衝撃と感動を与えたと言われています。その後、長崎港外の島々や外海、五島、平戸、天草などから、うわさを聞きつけたキリシタンたちが名乗りをあげにやって来たと言われています。大浦天主堂は、現存する日本最古の教会堂建築でもあり、教会建築としては唯一国宝に指定されています。

辺境の地にひっそりと建つ小さな教会たち

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」には、小さな漁港の狭い平地に建つ木造の「旧五輪教会堂」(五島市)や、ほぼ無人状態の島の小高い丘に美しいレンガ造りの姿で佇む「旧野首教会」(野崎島)など、辺境の地にひっそりと建つ小さな教会も数多くあります。これらは、現在では使われていない教会ですが、信徒たちが弾圧を避けて潜伏し、連綿と信仰を継承してきた、まさにその場所に建ち、貧しい暮らしにもかかわらず自らの財産と労力を捧げ、信仰の証としてつくりあげてきたことを如実に物語る教会たちです。景観としても、とても見ごたえある場所に建っており、当時の隠れキリシタンたちの思いに心を馳せながら訪ね歩くのもおススメです。