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日本の観光施設を巡る「飛鳥・藤原の宮都と
その関連資産群(奈良県)」



日本国誕生のドラマチックな舞台裏を知ることができる遺産として、2007年に世界遺産暫定リスト(文化遺産)入りした「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)とその関連資産群」の魅力と旅のおススメポイントを紹介しましょう。

"日本国"誕生のドラマに触れ、1400年もの昔の国際交流を思う

592年の推古天皇の即位から710年に平城京遷都が行なわれるまでの期間、古代日本の政治の中心だったのは、奈良県の飛鳥・藤原の地でした。一般に飛鳥時代と呼ばれる時代で、世界遺産「法隆寺」の建立や聖徳太子の活躍、さらに大化の改新(646年)があったのも、この時代の出来事です。

694年には、持統天皇が亡き夫・天武天皇の中央集権国家確立の意思を受け継ぎ、都を飛鳥から藤原の地に遷し、中国の都城制(城壁で囲まれた都市制度)にならった日本初の本格的な宮都(きゅうと)が築かれます。これが「藤原京」です。その大きさは、東西方向約5.3km、南北方向4.8kmもあり、その後の平城京、平安京をしのぐ古代最大の都だったと推測されています。わずか16年の栄華でしたが、この藤原京時代に大宝律令(日本初の国の法律)が制定され、貨幣も発行されています。そして何より、初めて「日本」という国号を使用したのは、藤原京を発した遣唐使でした。まさに当時、日本国誕生のドラマが、飛鳥・藤原を舞台に繰り広げられていたわけです。

世界遺産暫定リストに掲載されている「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)とその関連資産群」は、そのような時代の舞台裏を解き明かす、藤原宮跡の高松塚古墳や大官大寺(だいがんだいじ)跡をはじめとする27ヵ所の遺構と、耳成山(みみなしやま)、畝傍山(うねびやま)、天香具山(あまのかぐやま)という、万葉集や古今和歌集に度々登場する大和三山の文化的景観から成っています。

素晴らしき眺望を持つ「藤原宮跡」

藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)は、藤原京の中心施設である藤原宮の跡地です。約1km四方の中に、天皇の住居の他、政治・儀式の場である大極殿、貴族・役人が集まる朝堂院があり、現在で言うと、皇居と国会議事堂、霞ヶ関の官庁街を合わせたようなものです。この藤原宮の構造は、その後の都に引き継がれていきます。

現在の藤原宮跡は、菜の花、キキョウ、黄花コスモス、ハス、コスモスなど、季節に合わせてさまざまな花のカーペットが出迎えてくれるとともに、大和三山を見る絶好の眺望スポットです。特に、万葉集では天の香具山(あまのかぐやま)と詠われる香具山方向を望む展望は、コンクリート系の建物がまったく映り込まず、古代に思いを馳せるにはぴったり。

橿原市藤原京資料室や奈良文化財研究所藤原宮跡資料室なども近くにあり、藤原京がつくられていった過程や、発掘調査でわかった藤原京の様子を知ることができます。

葬る形が面白い、当時の高度な技術・美術を物語る古墳

飛鳥・藤原の地には、墳丘を持つ墓である「古墳」も数多く見られます。飛鳥歴史公園にある次の3つの古墳は特に有名で、石室に壁画などが描かれている古墳もあり、当時、すでに高度な技術があったことが伺えます。

石舞台古墳(いしぶたいこふん)
総重量約2,300トンにもなる30数個の岩が積まれた「石舞台古墳」は、古くに墳丘土が無くなり石室の外観が表に飛び出たもので、古墳時代後期の横穴式石室の様子がよくわかります。当時の権力者、蘇我馬子の墓ではないかと言われています。
高松塚古墳(たかまつづかこふん)
「高松塚古墳」は、日本で初めて確認された壁画古墳です。石室の壁面には四神図、人物像、そして天井には星宿図が描かれています。中でも通称「飛鳥美人」と呼ばれている西壁の女子群像は色彩鮮やかで、歴史の教科書などでもカラー写真で紹介されているものです。2005年の発掘調査により藤原京期のものであることがわかっています。
キトラ古墳
石室内部に天文図や四神(四つの方位を守る神)の壁画が発見され、天文図は、東アジアの天文図としても最古の事例で大きな話題になっている古墳です。このキトラ古墳や高松塚古墳に描かれた壁画は、中国や朝鮮半島など東アジア諸国との交流を明確に表す事例としても注目されています。

石造物群に見る飛鳥文化の"謎"

明日香村には、実に風変わりな石造物群がいくつも残されており、これらを見て回るのも「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の旅の楽しみのひとつです。

例えば、縦4m53cm、幅2m77cmもあり、目と口のようなものが彫刻され、亀が手足を縮めたような姿に見える「亀石」。吉備姫王墓(きびつひめのみこのはか)に4つ、高取城跡にひとつある人面石造で、表情が猿に似ていることから名前がついた「猿石」。長さ5m55cm、幅2m30cmの花崗岩に複数の皿状の窪みと、それらを結ぶ放射状の溝が彫られている「酒船石」。この他にも、「彌勒(みろく)石」や「二面岩」、「鬼の俎(まないた)」など、その本当の用途はわからない謎の石造物が至るところにあるのです。飛鳥時代は、中国や朝鮮半島だけでなく、ギリシャ、ペルシア、インドなどの文化が渡来人によってもたらされた時期だとされ、もしかしたら、異国の技術者がその技術を伝える過程で残したものではないかとも言われています。何だかわくわくしてくる話ですが、調査が進みその謎が解ける日を楽しみに、「この石はあの国の…」などと、自分なりの想像を駆け巡らせるのも面白いのではないでしょうか。