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日本の観光施設を巡る
「武家の古都・鎌倉(神奈川県)」



京都や奈良とはひと味違う「武家の都」として、1992年に世界遺産暫定リストに掲載(文化遺産)された「武家の古都・鎌倉」の魅力と旅のおススメポイントを紹介しましょう。

日本で初めて「武家政権」が築かれた古都

日本で初めて「武家政権」が築かれた古都

世界遺産入りを目指す「武家の古都・鎌倉」のエリアは、神奈川県鎌倉市を中心に、横浜市と逗子市に広がる一帯です。

1192年に源頼朝(みなもとのよりとも)によって開かれた鎌倉は、将軍を中心とした「幕府」という独自の政治体制を築き、150年にわたって日本の政治経済の中心となりました。鎌倉は、それまでの貴族支配に代わる、日本で初めての武家政権の都であり、日本における古代から中世への転換期の様子を、今も色濃く残しています。

さらに、武家政権はその後、明治維新までの約700年間存続し、その間に政権が置かれた都市としては鎌倉と江戸の2ヵ所がありますが、江戸が近代都市東京に変貌した今日では、武家文化を偲ばせる文化遺産をまとまって残す地域は鎌倉のみとなっています。

要害の地である自然地形を生かし、政権都市を形成

鎌倉の都は、地形的にも非常に稀有な存在感を示しています。鎌倉は、「三方を山に囲まれ、一方が海に開く」と言われるように、もともと要害の適地です。武家は、この鎌倉の自然地形の特長を生かし、当時の土木技術を駆使して、山稜部とその山裾や谷間を切り開き、重要な神社や寺院、武家館、切通(きりどおし=交通路)、港などの行政・防御・物流上の拠点を機能的に配置した都を建設しました。

≪コレ!知っておこう≫「切通(きりどおし)」に注目

鎌倉の「切通」とは、鎌倉幕府が、山に囲まれたこの地の軍事的要害性を失うことなく、他地域との往来をするために、山を切り開いて通した道のことです。三方を山に囲まれた鎌倉を出入りするためには、この切通を通る必要があり、軍事的な防御の要になっていました。中でも特に重要な7つの切通しは、通称「鎌倉七切通」あるいは「鎌倉七口」と呼ばれており、鎌倉の街歩きの観光ポイントです。山の岩肌に取り囲まれるような「朝比奈切通」や「大仏坂切通」は最もよく昔の姿を留めています。

鎌倉を知るにはハイキング気分の街歩きがおススメ

武家の古都・鎌倉の魅力を知るには、ハイキング気分も味わえる街歩きがおススメです。豊かな自然と奥深い歴史・文化を同時に楽しむことができます。2つのコースを紹介しましょう。

祇園山ハイキングコース
森林浴を楽しみつつ気軽に歩ける、距離が短めのコースです。鎌倉幕府滅亡の地となった「東勝寺跡」の腹切りやぐらをスタートし、山道をしばらく歩くと「祇園山展望台」へ。ここからの由比ヶ浜の展望が抜群。その後、急な石階段を下り「八雲神社」へ。鎌倉を象徴する「鶴岡八幡宮」の参拝や、鎌倉のショッピングストリート・小町通りでの買い物や食事も組み合わせて楽しめます。

≪コレ!知っておこう≫幕府の公式行事も開催された「鶴岡八幡宮」

海に面する鎌倉の正面中央の山裾に造営された「鶴岡八幡宮(つるおかはちまんぐう)」は、要害的地形に積極的に働きかけて造営された鎌倉を象徴する神社です。鎌倉幕府にとっては、神道と禅宗を両輪とする宗教政策上の中心的施設であり、幕府の公式行事もここで行なわれるなど、政治・儀礼の舞台としても重要な場所でした。

葛原岡・大仏ハイキングコース
JR北鎌倉駅から出発し、「円覚寺」や花の寺で有名な「東慶寺」を散策。その後淨智寺の脇から葛原岡ハイキングコースの山道を登り、「銭洗弁天」でお金を洗った後、大仏ハイキングコースを歩いて「鎌倉大仏」に下り、「長谷観音」を見学して江ノ電の長谷駅で終わる約3kmのコースです。少し長めのコースですが、化粧坂(けわいざか)切通、鎌倉文学館など寄り道できる観光名所も多く、のんびり観光するにはぴったりのコースです。「化粧坂切通」は鎌倉七切通のひとつで、鎌倉から武蔵国の中心(府中)へ向かう主要な道の鎌倉側の境界だったと言われ、坂の上には武蔵国方面への物流の拠点として市場や商店街が開かれ賑わったとも伝わります。また鎌倉大仏へ向かう途中の「大仏坂トンネル」がある大仏坂切通も同じく鎌倉七切通しのひとつで、いきなり中世の世界に迷い込んでしまったかのような道です。

≪コレ!知っておこう≫武家文化の力強さを表す「鎌倉大仏」

鎌倉のシンボルとも言える「鎌倉大仏」は、高徳院清浄泉寺(こうとくいんしょうじょうせんじ)に鎮座する坐像の大仏(銅造阿弥陀如来坐像)です。鎌倉幕府と民衆の安寧を願う鎮護国家思想に基づき、武家政権の象徴及び守護仏として、幕府主導で造立されたもので、像高は約11.5mにもなります。そこに表現された造形の逞しく力強い美しさは、武家や武家文化の力強さを表しています。

日本最古の築港「和賀江嶋(わかえのしま)」から富士山を眺める

引き潮時になると海中から石積みが現れる、日本最古の築港遺跡である「和賀江嶋(わかえのしま)」。古都鎌倉の構成資産のひとつですが、実は、富士山を眺望するスポットとしても抜群の場所です。アサリなどを採る磯遊びも楽しめ、晴れた日には、かつて新田義貞が鎌倉攻めをした古戦場の稲村ケ崎の向こうに、冠雪した富士山がくっきりとその美しい姿を現します。