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日本の観光施設を巡る「琉球王国のグスク
及び関連遺産群(沖縄県)」


琉球王国のグスク及び関連遺産群(沖縄県)

その昔、「琉球」と呼ばれた沖縄県や鹿児島県の奄美諸島の各地に存在し、その数は300とも400とも言われている「グスク」。一般的な言葉としては「城」と表記されるものですが、「城壁を持つ石造りの建造物」であり、その外観は本州の城とは大きく異なっています。

その中で、世界遺産に登録された「琉球王国のグスク及び関連遺産群」は、沖縄本土の南部に点在している琉球王国の史跡群です。群雄割拠の三山時代(3王国が派遣を争った時代)を経て、初めて琉球の地に統一王朝が誕生したのは15世紀前半。中国・朝鮮・日本・東南アジア諸国との広域な交易で大いに栄え、その経済力をよりどころに、当時の日本の文化とは異なった独特の文化を花開かせました。「琉球王国のグスク及び関連遺産群」は、そうした琉球が統一国家へ始動し始めた14世紀後半から、王国が確立した18世紀末にかけて生み出された、琉球独自の特徴を表す世界遺産です。

文化遺産
2000年登録
具体的な物件
今帰仁城跡座喜味城跡勝連城跡中城城跡首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵、識名園斎場御嶽
該当する世界遺産の登録基準
(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅵ)

グスクとは?

グスクとは?

世界遺産のグスクを訪ねる前に、そもそも一般には聞き慣れない「グスク」とは何なのかを知識として入れておきましょう。

≪コレ、知っておこう!≫謎に包まれた石造物「グスク」

もともとグスクは、12世紀ごろに沖縄で農耕社会が形成されて以降、「按司(あじ)」と呼ばれる琉球各地の豪族たちが、自分たちの勢力維持と戦いに備えて城塞を築いたのが始まりと言われています。世界遺産に登録されている「首里城(しゅりじょう)」や「中城(なかぐすく)城跡」などは、まさにその発展形とも言えるものです。

しかし、このように大規模で整然としたグスクはおよそ400あると言われる中の、実はごくごく一部。その多くは、規模はもとより形もバラバラです。なかには石垣すらなく、岩山や崖、洞穴をグスクと呼ぶ場合もあり、聖域説(神が宿る場所であり、先祖神を祭る場所)や集落説など、その起源と役割には諸説あるのです。那覇港湾には「御物(おもの)グスク」があり、海外との交易物資を保管していた倉庫だと考えられているものまであります。琉球史では、農耕社会の成立(12世紀ごろ)から琉球王国の成立(15世紀前半)までを「古琉球(こりゅうきゅう)時代」と時代区分されますが、古琉球は別名「グスク時代」と言われ、グスクは古琉球時代の遺跡でもあるのです。

現在、研究者の間では、聖域説と集落説が有力視されており、城塞としての機能はあとから付け加えられたのではないかと考えられています。とはいえ、本当にそうなのかはいまだ謎の中。世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」を訪ねる旅は、ぜひそれ以外のグスク跡にも足を延ばす計画を。しばし研究者になったつもりで様々なグスクを観察してみましょう。きっと深みのある旅になります。

豊かな貿易立国の姿を見せる「首里城」たち

琉球最大のグスク跡である「首里城跡」。那覇港を眼下にした丘陵上に地形を巧みに利用して築城されたグスクです。三山時代には中山国王の居城で、琉球王国時代(1429年~1879年)は、琉球王国の居城として王国の政治・経済・文化の中心的役割を果たしました。かつて正殿には、貿易立国としての意気込みを示す万国津梁(ばんこくしんりょう=世界を結ぶ架け橋の意)の鐘が誇らしげに掲げられていたと言われています。第二次世界大戦で焼失したため、現在の正殿は、1992年に復元されたものです。

那覇市東部には、他にも王家の墓である「玉陵(たまうどぅん)」、国王巡幸の際に安全を祈願した「園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)石門」、王家別邸の庭園だった「識名園(しきなえん)」があります。さらに南下すると、琉球随一の聖域として知られる「斎場御嶽(せーふぁうたき)」があり、うっそうとした亜熱帯の森に巨大な岩が折り重なった三庫理(さんぐーい)と呼ばれる拝所は、パワースポットとしても人気です。

曲線美が美しい沖縄中部に点在するグスク

沖縄本島中部に点在する座喜味(ざきみ)・中城(なかぐすく)・勝連(かつれん)城跡は、いずれも城壁を残すのみですが、この城壁が圧巻です。特に中城城跡は、弧を描く琉球石灰岩の城壁が青い空と海に映えて非常に美しく、江戸時代にここに立ち寄ったペリー提督が、その緻密な石組みの技術に驚き、高く評価したことが文献や絵画に残されています。北山城とも呼ばれる「今帰仁(なきじん)城跡」は、三山時代の北山王統の居城です。険しい断崖に立つ難攻不落の城で、地形を巧みに利用しながらうねるように連なる1500メートルにも及ぶ城壁は、風光明媚な風景と相まって得も言われぬ美しさです。